『BAD BLOOD』などで知られる著名ジャーナリストのジョン・キャリール氏らが、主要なAI企業6社に対して著作権侵害の訴訟を提起しました。生成AIの開発競争が激化する中、米国で相次ぐこうした法的な争いは、日本のAI活用企業にとっても「対岸の火事」ではありません。本稿では、最新の訴訟動向を整理しつつ、日本の法規制との違いや、実務面で考慮すべきサプライチェーンリスクについて解説します。
止まらない著作権訴訟の波と、その背景
米国において、生成AIの開発企業を相手取った著作権侵害訴訟が新たな局面を迎えています。今回のニュースにあるように、ベストセラーノンフィクション『BAD BLOOD』の著者であるジョン・キャリール氏ら著名な執筆陣が、主要なAI企業6社を提訴しました。彼らの主張の核心は、自身が心血を注いで執筆した書籍が、許可なく、かつ対価も支払われずに大規模言語モデル(LLM)の学習データとして利用されているという点にあります。
これまでもニュースメディアや画像生成AIを巡る訴訟はありましたが、著名なノンフィクション作家やジャーナリストが団結して声を上げている点は注目に値します。これは、AIモデルが高品質な文章を生成するために、事実に基づいた良質なテキストデータをどれほど必要としているか、そしてそのデータの権利処理がいかに不透明であるかという問題を改めて浮き彫りにしています。
「学習天国」日本と米国の決定的な違い
ここで日本の実務担当者が理解しておくべきは、日米の法制度の決定的な違いです。日本では、著作権法第30条の4により、情報解析(AI学習など)を目的とする場合、原則として著作権者の許諾なく著作物を利用することが認められています。この条文の存在により、日本は「世界で最もAI開発がしやすい国の一つ」とも言われています。
一方、米国にはこのような明文化された規定はなく、「フェアユース(公正な利用)」という概念に基づいて司法が個別に判断します。現在、OpenAIやGoogleなどの巨大テック企業は「AI学習はフェアユースに該当する」と主張していますが、権利者側は「著作物の市場価値を毀損している」と反論しており、司法の最終的な判断はまだ下されていません。この法的な不安定さが、現在の訴訟ラッシュの背景にあります。
日本企業にとっての「サプライチェーンリスク」とは
「日本の法律では問題ないのだから、日本企業には関係ない」と考えるのは早計です。なぜなら、日本の多くの企業が活用している基盤モデル(Foundation Model)の多くは、米国企業によって開発され、米国のサーバー上で、世界中のデータを使って学習されているからです。
もし米国の裁判でAI企業側が敗訴、あるいは和解という形で「特定の著作物を学習データから削除する(Machine Unlearning)」ことや「巨額のライセンス料を支払う」ことが義務付けられた場合、どうなるでしょうか。最悪のシナリオでは、現在利用しているモデルが突然利用停止になったり、再学習によって性能が著しく変化したり、サービス利用料が高騰したりする可能性があります。これは、AIを組み込んだプロダクトや社内システムにとって重大な「サプライチェーンリスク」となり得ます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の訴訟動向を踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアは以下の3点を意識してAI戦略を構築すべきです。
第一に、プロバイダーの分散と依存度の管理です。特定の単一モデルに過度に依存するシステム設計はリスクとなります。APIのインターフェースを抽象化し、モデルの切り替えや、複数のモデルを使い分ける構成を検討することが、BCP(事業継続計画)の観点から重要です。
第二に、RAG(検索拡張生成)の活用と自社データの価値再認識です。基盤モデルが持つ「知識」に依存しすぎず、自社の信頼できるドキュメントやデータベースを外部知識として参照させるRAGアーキテクチャを採用することで、モデル自体の学習データに起因するハルシネーション(もっともらしい嘘)や著作権リスクを相対的に低減できます。
第三に、契約における補償条項の確認です。MicrosoftやGoogleなどの大手ベンダーは、自社のAIサービスを利用したユーザーが著作権侵害で訴えられた場合、その法的費用を補償する「著作権補償(Copilot Copyright Commitmentなど)」を打ち出しています。実務導入にあたっては、利用するサービスがどのような法的保護を提供しているかを確認し、リスクヘッジを行っておくことが不可欠です。
生成AIは強力なツールですが、その裏側にあるデータの権利関係は依然として過渡期にあります。技術的な性能だけでなく、こうした法務・ガバナンス面での動向を注視することが、持続可能なAI活用の鍵となります。
