国際決済ネットワーク大手のVisaが、AIエージェントによる自動決済のパイロット運用を行い、2026年を目処に実用化を目指す方針を明らかにしました。生成AIが単なる対話ツールから、自律的にタスクを遂行する「エージェント」へと進化する中、AIが主体となって購買・決済を行う「エージェンティック・コマース」が現実味を帯びてきました。本稿では、この潮流がもたらすビジネス構造の変化と、日本の商慣習や法規制を踏まえた実務的な対応策について解説します。
「対話するAI」から「決済するAI」へ:Visaの動向が示すもの
VisaによるAIエージェント決済の実証実験は、生成AIの進化が次のフェーズに入ったことを象徴しています。これまでのChatGPTに代表されるLLM(大規模言語モデル)活用は、主に情報の検索、要約、コンテンツ生成といった「知的生産の支援」が中心でした。しかし、現在急速に注目を集めているのは、AIが人間の代わりに外部ツールを操作し、具体的なアクションを完結させる「エージェント型AI」です。
Visaの取り組みは、このエージェント型AIにセキュアな決済能力を持たせるものです。具体的には、ユーザーの好みを学習したAIアシスタントが、商品の検索・比較だけでなく、最終的な購入手続きまでを自律的、あるいは半自律的に行う未来を見据えています。これは2026年頃の普及が予測されており、金融インフラ側が「AIによる代理決済」を正式な商流として受け入れる準備を始めたことを意味します。
エージェンティック・コマース:AIが顧客になる時代
AIが購買の意思決定と実行に関与する「エージェンティック・コマース(Agentic Commerce)」の台頭は、企業のマーケティングや販売戦略に根本的な変革を迫ります。従来、企業は「人間の消費者」に向けて広告やUI/UXを最適化してきました。しかし、今後は「AIエージェント」に向けて商品情報を提供する必要が出てきます。
例えば、AIは感情的なキャッチコピーよりも、正確なスペックデータ、在庫状況、価格、配送オプションなどの構造化データを好みます。日本企業が得意とする「おもてなし」や「細やかな気配り」も、AIが解釈可能なデジタルデータとして提示できなければ、AIエージェントの比較検討の俎上に載らない可能性があります。SEO(検索エンジン最適化)ならぬ、「AIO(AI最適化)」の視点が、今後のデジタル戦略の要となるでしょう。
日本における課題:法規制と商習慣の壁
技術的な実現可能性が高まる一方で、日本国内での普及には、法規制や商習慣の観点から慎重な議論が必要です。
まず、法的責任の所在です。AIが誤って高額商品を注文したり、意図しない定期購入を契約したりした場合、その契約は有効なのか、誰が責任を負うのかという問題が生じます。民法上の「電子消費者契約に関する特例法」や、AIによる意思表示の有効性に関する議論は、現行法の解釈だけではカバーしきれない部分も残ります。
また、日本の商習慣として根強い「確認文化」や、複雑な承認フローとの兼ね合いも課題です。特にB2B領域においては、AIによる自動発注は業務効率化の切り札となりますが、日本企業の厳格なガバナンス基準や経理処理(適格請求書等保存方式への対応など)に、AIエージェントがどこまで適合できるかが鍵となります。
日本企業のAI活用への示唆
Visaの事例は、決済という最もクリティカルな領域にAIが進出してきたことを示しています。これを踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務者は以下の点に着目して準備を進めるべきです。
1. 自社サービス・データの「API化」と「構造化」
AIエージェントが自社の商品やサービスを容易に発見・購入・予約できるように、Webサイトの情報を構造化し、可能であればAPI経由でトランザクションを行える環境を整備することが重要です。これは将来的な販売チャネルの拡大に直結します。
2. 認証とセキュリティの再設計
人間による操作を前提とした従来の認証(CAPTCHAや複雑なGUI操作)は、AIエージェントにとっては障壁となります。一方で、AIを装った攻撃も予想されます。Visaのようなプラットフォーマーが提供する「AI向けの本人確認・決済プロトコル」の動向を注視し、安全かつスムーズな連携方法を検討する必要があります。
3. 「AIへの委任」に関するガバナンス策定
社内でAIエージェントを活用する場合、あるいは顧客にAI代理購入サービスを提供する場合、どの範囲までAIに権限を委譲するか(例:決済上限額の設定、特定カテゴリのみ許可など)というガバナンスルールの策定が不可欠です。リスクを許容範囲内に抑えつつ、利便性を享受するバランス感覚が求められます。
AIが「財布」を持つ未来は、決して遠いSFの話ではありません。インフラ側の準備が進む今、サービス提供側も「AIが顧客になる」シナリオを想定した戦略設計を始める時期に来ています。
