一部のユーザーから「Geminiがモバイルアプリでは動作するが、Webブラウザでは利用できない」という報告が上がっています。一見すると単なるテクニカルな不具合に見えますが、この事象は、企業が生成AIを業務フローに組み込む際に直面する「ネットワーク環境の適合性」や「クラウドサービスへの依存リスク」、そして「シャドーIT」の問題を浮き彫りにしています。
ブラウザ版のみ利用不可という現象が示唆するもの
GoogleのAIサービス「Gemini」において、モバイルアプリやタブレットでは問題なく動作するにもかかわらず、Webブラウザ経由でのみ利用できないというユーザー報告が散見されます。キャッシュやCookieの削除を行っても改善しないケースもあり、これは単なる個人の端末設定の問題にとどまらず、AIサービス提供側のフロントエンドの不具合、あるいは利用環境との相性問題である可能性があります。
個人利用であれば「スマホで使えばよい」で済みますが、PCでの作業が中心となる企業の業務環境において、Webブラウザ版が利用できないことは生産性に直結する重大な問題です。特に、業務システムやドキュメント作成ツールと並行してAIを利用する場合、ブラウザでの動作安定性は不可欠です。
日本企業のネットワーク環境と生成AIの相性
日本企業、特に大手企業や金融機関などでは、セキュリティを重視するために厳格なファイアウォール設定やプロキシサーバー、VPN(仮想プライベートネットワーク)を経由したインターネット接続が一般的です。今回の「Webだけで動かない」という事象は、実はこうした企業内ネットワークの設定に起因するケースも少なくありません。
最新の生成AIサービスは、リアルタイムのストリーミング通信(WebSocketなど)を多用します。しかし、レガシーなセキュリティアプライアンスや厳格なフィルタリング設定が、これら特定の通信プロトコルや、頻繁に更新されるAIサービスのドメインを遮断してしまうことがあります。「モバイル回線(社外ネットワーク)では繋がるが、社内LANのPCからは繋がらない」という現象は、AI側の障害ではなく、自社のネットワークポリシーがボトルネックになっている可能性を示唆しています。
可用性の欠如が招く「シャドーIT」のリスク
システム管理者や経営層が注視すべきは、正規のツール(この場合はPCブラウザ版のGemini)が使えないときに従業員がどう動くかという点です。「PCで動かないから、個人のスマホのアプリで業務データを処理しよう」という行動を誘発する恐れがあります。
これは典型的な「シャドーIT」の入り口です。企業が管理していない個人端末や個人アカウントで機密情報をAIに入力してしまうと、情報漏洩のリスクが高まります。また、ログ監視の対象外となるため、ガバナンスも効かなくなります。AIサービスの可用性(Availability)を確保することは、単なる利便性のためではなく、セキュリティポリシーを遵守させるためにも重要です。
SLAとBCP(事業継続計画)の観点
Google GeminiやOpenAIのChatGPTなどは、SaaS(Software as a Service)として提供されており、常にサービス側のアップデートや障害の影響を受けます。業務の中核に生成AIを据える場合、「サービスが停止したら業務が止まる」というリスクを考慮しなければなりません。
無料版やコンシューマー向けのプランでは、稼働保証(SLA:Service Level Agreement)が設定されていないことが一般的です。企業として本格導入する場合は、エンタープライズ版の契約を検討し、可用性の保証を確認するとともに、特定のAIサービスがダウンした場合に備え、代替のLLM(大規模言語モデル)を利用できる環境や、AIを使わない業務フロー(BCP)を整備しておく冷静な判断が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回のユーザー報告を教訓に、日本企業が実務で意識すべき点は以下の3点に集約されます。
1. ネットワークインフラの再点検
既存のプロキシやWebフィルタリング設定が、生成AIの最新の通信仕様に対応しているか確認が必要です。特定のドメインや通信プロトコルをホワイトリスト化するなど、セキュリティと利便性のバランスを見直す時期に来ています。
2. 冗長性の確保とマルチLLM戦略
特定のプラットフォーム(Googleのみ、Microsoftのみなど)に過度に依存すると、そのサービスに障害が発生した際に業務が停止します。API経由で複数のモデルを切り替えて利用できるアーキテクチャの採用や、バックアップとしての別サービスの契約など、リスク分散を検討すべきです。
3. ガバナンスと現場の利便性の両立
「使えない」状況がセキュリティ違反(個人スマホの利用など)を招くことを理解し、従業員がストレスなく、かつ安全に利用できる「公式な環境」を整備することが、結果として最強のガバナンスになります。不具合発生時の問い合わせ窓口や、ステータス確認のフローを明確にしておくことも重要です。
