ニューヨーク州で議論されていたAI規制法案が、テック業界の強い要請を受け、先行するカリフォルニア州の基準に合わせる形で修正されることになりました。米国における規制の「断片化」を回避し、ルールを標準化しようとするこの動きは、グローバル展開や海外製モデルの活用を見据える日本企業のAIガバナンス戦略にも重要な示唆を与えています。
米国で進む規制の「パッチワーク化」回避と標準化の動き
ニューヨーク州(NY州)のホークル知事が、州議会で可決されていたAI規制法案について、大幅な修正を行う方針で合意したことが報じられました。修正の主たる目的は、同様のAI規制を先行して進めている「カリフォルニア州法」との整合性を高めることにあります。
これまで米国のAI規制は、連邦レベルでの包括的な法律が不在の中で、各州が独自にルールを定める動きが活発化していました。しかし、州ごとに異なる規制要件が乱立することは、開発者や企業にとって「コンプライアンスの複雑化」という多大なコストを強いることになります。これを「規制のパッチワーク化」と呼びますが、今回のNY州の動きは、ビッグ・テック(大手テクノロジー企業)からの強い働きかけもあり、主要な州間でルールを統一・標準化しようとする力学が働いた結果と言えます。
イノベーションと安全性の狭間で揺れる実務
テック企業が規制そのものに反対したのではなく、「州ごとに異なる基準」に反対したという点は重要です。AI開発、特に大規模言語モデル(LLM)の開発と運用(MLOps)においては、データの取り扱いやモデルの透明性に関する要件が統一されていなければ、スケーラブルなビジネス展開が極めて困難になるからです。
一方で、これは「最も厳しい規制」が事実上の標準(デファクトスタンダード)になる可能性も示唆しています。カリフォルニア州は伝統的に環境規制やプライバシー保護(CCPAなど)で全米、ひいては世界の基準をリードしてきました。今回のNY州の歩み寄りは、AIにおいても「カリフォルニア基準」が米国の、そして西側諸国のビジネスにおける実質的なベースラインになる可能性を強めるものです。
日本企業における「ソフトロー」と「ハードロー」のギャップ
翻って日本の状況を見ると、政府は現時点では「AI事業者ガイドライン」を中心とした、法的拘束力のない「ソフトロー」による規律を基本としています。これはイノベーションを阻害しないための柔軟なアプローチですが、欧州の「AI法(EU AI Act)」や米国の州法といった「ハードロー(法的拘束力のある法律)」とは性質が異なります。
日本企業が直面する課題は、国内向けのサービスであっても、基盤となるAIモデルやAPIの多くが米国製である場合、間接的に米国の規制の影響を受けるという点です。また、日本企業がグローバルにサービスを展開する場合、日本のガイドライン準拠だけでは不十分であり、より厳格な米欧の規制水準に対応したガバナンス体制が求められます。
「日本は規制が緩いから開発しやすい」と安易に捉えるのはリスクがあります。中長期的には、日本国内でも法制化の議論が進む可能性が高く、その際は国際的な調和(ハーモナイゼーション)の観点から、米欧の基準が参照されることが予想されるためです。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国における規制動向を踏まえ、日本の経営層や実務責任者は以下の点を意識してAI戦略を構築すべきです。
1. 「カリフォルニア基準」をベンチマークにする
グローバルスタンダードを見据えるなら、日本のガイドラインだけでなく、カリフォルニア州の規制要件を「将来的なコンプライアンスの最高到達点」として意識し、あらかじめ余裕を持ったガバナンス体制を設計することが賢明です。
2. AIインベントリとリスク管理の徹底
社内で稼働しているAIシステムを台帳化(インベントリ化)し、それぞれのリスクレベルを評価する仕組みは、どこの国の規制であっても共通して求められる基礎です。特定の法律への対応という対症療法ではなく、MLOpsのプロセスの中に「監査可能性」や「透明性」を組み込むことが重要です。
3. ベンダーロックインと規制リスクの分散
特定の米国製モデルに依存する場合、そのモデルが現地の規制強化によって仕様変更や提供制限を受けるリスク(ソブリンリスクの一種)があります。オープンソースモデルの活用や、国産モデルとの併用など、技術的な選択肢を複数持っておくことが、事業継続性(BCP)の観点から推奨されます。
