生成AI技術の急速な進化は、ビジネスに生産性向上をもたらす一方で、新たな不正の手口も生み出しています。中国のEコマース市場で発生している「AI生成画像を用いた返金詐欺」の事例は、デジタル完結型の本人確認や証拠提出に依存する現代のビジネスプロセスに警鐘を鳴らしています。本記事では、このグローバルな事例をもとに、日本企業が備えるべきリスク対策とAIガバナンスについて解説します。
「死んだカニ」や「破れたシーツ」をAIで生成する詐欺師たち
米WIRED誌が報じたところによると、中国のEコマースプラットフォームにおいて、生成AI(Generative AI)を悪用した新しいタイプの詐欺が横行しています。その手口は、Midjourneyなどの画像生成ツールを用いて「腐った食品」や「破損した商品」のリアルな画像を生成し、それを証拠として提出することで、商品を返品することなく返金を受けるというものです。
具体的には、配送されたカニが死んでいた、新品のシーツが破れていた、といったクレームを、AIが生成した偽造画像とともに申請します。多くのECサイトでは、顧客体験(UX)を損なわないよう、少額の商品や食品については現物の返送を求めず、写真による証拠確認だけで返金に応じるプロセスを採用しています。詐欺師たちはこの「迅速な顧客対応」という善意のプロセスを、技術の力で組織的に悪用しているのです。
真正性の証明が困難になる時代の到来
この事例が示唆するのは、もはや「写真=真実」という前提が崩れ去ったという事実です。従来のPhotoshopなどによる画像加工には一定のスキルと時間が必要でしたが、現在の生成AIは、プロンプト(指示文)を入力するだけで、誰でも数秒で、メタデータを含めて見分けがつかないほどの高精細な画像を生成可能です。
日本国内においても、フリマアプリやECサイト、フードデリバリーサービスなどで同様のリスクが懸念されます。特に日本では「性善説」に基づいたスムーズなUI/UXが好まれる傾向にあり、厳格すぎる本人確認や証拠提出プロセスはユーザー離れ(カゴ落ち)を招く恐れがあるため、多くの企業が利便性を優先しています。AIによる偽造画像は、この利便性とセキュリティのトレードオフを突く攻撃ベクトルと言えます。
テクノロジーによる対抗策とその限界
企業側が採り得る技術的な対策として、以下の3点が挙げられます。
- AI生成コンテンツの検知技術の導入:提出された画像がAIによって生成されたものかどうかを判定するモデルを組み込む動きです。しかし、生成モデルの進化スピードは検知モデルのそれを上回ることが多く、イタチごっこの様相を呈しています。
- 画像の真正性証明(C2PAなど):撮影機器(カメラやスマートフォン)の段階で電子署名を付与し、画像が加工されていないことを証明する技術規格の採用です。ただし、これはユーザー側のデバイス普及に依存するため、即効性のある対策とはなりにくいのが現状です。
- 行動ログ分析による不正検知:画像そのものではなく、ユーザーの購買履歴、返品頻度、端末情報などのメタデータから、異常値を検出する従来型の不正検知(Fraud Detection)の高度化です。AI活用という文脈では、ここでの機械学習活用が最も現実的かつ効果的かもしれません。
日本企業におけるオペレーションとガバナンスの再考
日本の商習慣において、顧客からのクレームに対して過度に疑いの目を向けることは、ブランド毀損のリスクを伴います。しかし、生成AIの普及により、悪意あるプレイヤーが参入するハードルは劇的に下がりました。実務担当者は、「AIは業務効率化のツールであると同時に、攻撃者の武器でもある」という認識を持つ必要があります。
特に、カスタマーサポート(CS)業務をBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)などで外部委託している場合、現場のオペレーターがAI画像を見抜くことは不可能です。マニュアル一辺倒の対応では、組織的に繰り返されるAI詐欺を防ぐことはできません。人間による目視確認(Human-in-the-Loop)を残しつつも、それに頼りすぎない多層的な防御策が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の中国での事例は、対岸の火事ではありません。日本企業がAI時代において、健全なサービス運営を続けるための実務的な示唆を以下に整理します。
- 「性善説」プロセスのリスク再評価:写真のみを証拠とする返金・補償プロセスを持っている場合、リスク許容度を見直す必要があります。高額商品や特定のユーザー属性に対しては、現物返送を必須化する、あるいはビデオ通話による確認を導入するなどの「フリクション(摩擦)」を意図的に設けることも検討すべきです。
- 利用規約と法的対応の準備:AI生成物を用いた虚偽申告が発覚した場合のペナルティを利用規約(ToS)に明記し、悪質なケースには法的措置を辞さない姿勢を示すことが抑止力になります。法務部門と連携し、デジタル証拠の取り扱いに関する規定を更新することが推奨されます。
- AIリテラシー教育の拡大:開発エンジニアだけでなく、カスタマーサポートやリスク管理部門の担当者に対しても、最新の生成AIが「何を作れるのか」を体験させる教育が必要です。敵の手口を知ることで、現場での違和感の検知能力が向上します。
- 防御側AIへの投資:攻撃側がAIを使う以上、防御側もAI(異常検知モデルや画像解析)を活用しなければ太刀打ちできません。AI活用は「攻め(新規事業・効率化)」だけでなく、「守り(セキュリティ・ガバナンス)」の文脈でも必須の投資項目となります。
