生成AIは、単なる対話やコンテンツ生成を行うツールから、自律的にタスクを遂行する「Agentic AI(自律型AI)」へと進化しつつあります。しかし、AIがシステムを操作し「行動」する時代において、最大の課題となるのが「統制(コントロール)」です。本稿では、Agentic AIの可能性と、それを安全にビジネスへ実装するための認証・ガバナンスの重要性について解説します。
「対話」から「行動」へ:Agentic AIとは何か
昨今のAIトレンドの中心は、大規模言語モデル(LLM)を用いたチャットボット形式の「支援」から、より具体的なタスクを自律的に遂行する「Agentic AI(エージェンティックAI / 自律型AIエージェント)」へと移行し始めています。
これまでの生成AIが「会議の議事録を要約する」「メールの文案を作る」といった情報の加工に長けていたのに対し、Agentic AIは「外部ツールを操作して会議室を予約する」「在庫システムを確認して発注処理を行う」といった、現実世界やシステム上での「行動(Action)」を伴う点が特徴です。
この変化は、業務効率化のレベルを一段階引き上げる可能性を秘めていますが、同時に企業にとっては新たなリスク管理の課題を突きつけることになります。
「誰が」その操作を行ったのか:AIの統制とID管理
AIが自律的に行動するようになると、「AIをいかにコントロールするか」が極めて重要なテーマとなります。参照元の記事でも触れられている通り、AIエージェントを立ち上げる際に「OIDC(OpenID Connect)」などの標準的な認証プロトコルを通じて、AIに固有の要求(Claim)を送信・管理する仕組みが議論されています。
専門的な用語になりますが、OIDCとは、簡単に言えばGoogleアカウントやMicrosoftアカウントなどで他のサービスにログインする際に使われる認証の仕組みです。これをAIエージェントに適用するということは、「AIをひとりの従業員(ユーザー)のように扱い、厳格にIDと権限を管理する」ということを意味します。
日本企業のセキュリティガイドラインでは、従業員のアクセス権限管理は徹底されていますが、「AIエージェントの権限管理」に関する規定はまだ整備されていないケースがほとんどです。もしAIが暴走し、誤った発注やデータの削除を行った場合、それが「どのAIエージェントによる操作で、誰がそのエージェントを承認したのか」を追跡できなければ、企業ガバナンスは崩壊します。
日本企業における「責任分界点」と実装アプローチ
日本の商習慣や組織文化において、この「AIの自律性」をどう位置づけるかは繊細な問題です。稟議制度やハンコ文化に代表されるように、日本企業では「最終的な承認責任者が誰か」を明確にすることを好みます。
Agentic AIを導入する場合、いきなり全自動化を目指すのではなく、以下のような「Human-in-the-loop(人間が介在する仕組み)」を前提とした設計が現実的です。
例えば、AIエージェントが下準備やシステム入力までは行うが、最終的な「確定(Commit)」ボタンを押す権限は人間に残す、あるいは、AIエージェントが操作できるAPIの範囲を「参照(Read)」のみに限定し、「書き込み(Write)」には特権的な認証を必要とするといった多層的な防御です。
また、これまでは「ログ監視」といえば人間の操作ログが対象でしたが、今後は「AIエージェントの操作ログ」をどのように保存し、監査可能な状態にするかが、システム部門やセキュリティ担当者の新たな責務となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
Agentic AIは生産性を飛躍的に高める可能性がありますが、それは「制御可能な範囲」で運用されて初めて価値を持ちます。今後の実務に向けて、以下の3点を意識することをお勧めします。
1. AIの「ID管理」と「権限最小化」の徹底
AIエージェントを単なるソフトウェア機能としてではなく、「権限を持つ仮想的なユーザー」として捉えてください。人間と同様に、必要最小限のアクセス権限(Least Privilege)のみを付与し、OIDC等の標準技術を用いてその振る舞いを認証・認可する基盤を整える必要があります。
2. 「行動」のリスク評価と段階的導入
情報漏洩(生成AIの既存リスク)に加え、誤操作や意図しないトランザクション実行(Agentic AIのリスク)を考慮する必要があります。まずは社内システム内の影響の少ない領域から「行動」を許可し、実績を作ってから顧客接点や基幹システムへ適用範囲を広げる段階的なアプローチが推奨されます。
3. ガバナンスルールのアップデート
既存のセキュリティポリシーやIT利用規定に、AIエージェントによる操作に関する条項を追加することを検討してください。特に、AIが起こしたミスに対する責任の所在(開発ベンダーか、利用部門か、承認者か)を事前に明確化しておくことが、トラブル時の混乱を防ぎます。
