2025年、Googleが採用したAIソフトウェアエンジニアの約20%が、かつて同社に在籍していた「出戻り社員(ブーメラン社員)」であったことが明らかになりました。世界的なAI人材獲得競争が激化する中、なぜ巨大テック企業は過去の従業員に目を向けるのか。その背景を読み解きつつ、人材流動性が高まりつつある日本企業が採るべきAI組織戦略について解説します。
なぜ今、Googleは「出戻り」を歓迎するのか
Googleにおける2025年のAIエンジニア採用実績において、5人に1人が元従業員であったという事実は、AI業界における「人材枯渇」と「即戦力への渇望」を象徴しています。これを単なる「古巣への復帰」と捉えるべきではありません。
生成AIや大規模言語モデル(LLM)の開発競争は、月単位ではなく週単位で状況が変化するスピード感で動いています。こうした環境下では、新たに採用したエンジニアが組織文化に馴染み、複雑な社内インフラや独自の開発ツールを習得するまでの「オンボーディング(立ち上がり)」期間こそが、最大のボトルネックとなります。
「ブーメラン社員」と呼ばれる出戻り人材は、社内の開発作法やカルチャーを既に理解しており、初日から高いパフォーマンスを発揮できる可能性が高いため、採用コストと教育コストの両面で極めて合理的です。特にGoogleのような巨大な技術スタックを持つ企業において、その内部構造を熟知していることは、外部の優秀なエンジニアにはない強力なアドバンテージとなります。
日本企業における「出戻り」の壁と変化
翻って日本国内に目を向けると、伝統的な日本企業において一度退職した社員を再雇用することには、心理的・制度的な抵抗感が根強くありました。「裏切り者」といったネガティブなレッテルや、年功序列型の賃金テーブルにどう当てはめるかという人事制度上の硬直性が、柔軟な再雇用を阻んできました。
しかし、AI分野、特にMLOps(機械学習基盤の運用)やAIガバナンスなどの専門性が高い領域では、日本国内の人材プールは極めて限定的です。優秀なエンジニアがより良い条件や新しい技術的挑戦を求めて転職することは日常茶飯事となっており、これを防ぐことは困難です。
近年、商社や一部の大手メーカー、ITメガベンチャーを中心に「アルムナイ(卒業生)ネットワーク」を構築し、退職者と良好な関係を維持しようとする動きが活発化しています。これは「いつでも戻ってきてほしい」というメッセージであると同時に、外部で得た知見(他社のベストプラクティスや最新技術トレンド)を自社に還流させるための戦略的なパイプラインでもあります。
AI開発における「出戻り」のリスクとガバナンス
もちろん、出戻り採用にはリスクも伴います。特に注意すべきは、競業避止義務や機密保持(NDA)に関わるコンプライアンスの問題です。他社で得た機密情報を意図せず持ち込んでしまうリスク(またはその逆)については、AI開発における学習データの取り扱いやアルゴリズムの権利関係と同様、厳格な入社時チェックが必要です。
また、既存社員との感情的な摩擦も無視できません。「一度辞めた人間が、高い給与で戻ってくる」ことに対する現場の不公平感を解消するためには、その人材が持ち帰ったスキルが現在のプロジェクトに不可欠であることを明確に説明し、成果に基づいたジョブ型雇用(職務等級制度)への移行や、評価制度の透明化を進めることが前提となります。
日本企業のAI活用への示唆
Googleの事例は、AI人材戦略において「囲い込み」から「循環」へのパラダイムシフトが起きていることを示唆しています。日本企業の実務担当者や経営層は、以下の3点を意識して組織づくりを進めるべきです。
1. 退職を「関係の終了」としない
優秀なAIエンジニアが退職する際、それを損失として嘆くだけでなく、将来的な再雇用の可能性を残した「ポジティブなオフボーディング」を行うことが重要です。アルムナイネットワークを構築し、定期的に自社のAI開発状況や技術的な挑戦を発信し続けることが、将来の強力な採用チャネルになります。
2. 「即戦力」の定義を見直す
単に技術力が高いだけでなく、「自社のドメイン知識(業務知識)」と「組織文化への適合性」を兼ね備えた出戻り人材は、外部採用よりも圧倒的に立ち上がりが早いというメリットがあります。特にスピードが命のAIプロジェクトや新規事業開発においては、再雇用を優先的な選択肢として検討すべきです。
3. 「戻りたくなる」開発環境の整備
結局のところ、魅力的なプロジェクトや働きやすい開発環境(計算資源の潤沢さ、意思決定の速さ、モダンな技術スタック)がなければ、優秀な人材は戻ってきません。出戻り採用が増えている企業は、それだけ「外の世界を見た上で、なお魅力を感じる場所」であるという証左でもあります。自社のAIプロジェクトがエンジニアにとって魅力的かどうかを常に問い直す姿勢が求められます。
