21 1月 2026, 水

米国Clearview AI訴訟の棄却判決が問う「公開データ」の扱い──日本企業が直視すべきAIガバナンスの要諦

米国バーモント州で顔認証AI企業Clearview AIに対する訴訟が棄却されました。インターネット上の公開情報を大規模に収集・利用することの法的正当性が争点となった本件は、AI開発におけるデータ収集の境界線を巡る議論に一石を投じています。本稿では、この判決の背景を整理しつつ、日本の法規制や商慣習に照らして企業が取るべきデータ戦略とリスク対応について解説します。

顔認証AIとプライバシーを巡る攻防の現在地

米国バーモント州の上級裁判所は、顔認証技術を提供するClearview AIに対する同州の訴訟を棄却する判断を下しました。Clearview AIは、SNSやウェブサイト上の公開画像をスクレイピング(自動収集)してデータベース化し、法執行機関などに照合サービスを提供している企業です。これまでプライバシー侵害の懸念から、欧米各国で数多くの訴訟や行政処分を受けてきました。

今回の棄却判決は、同社の事業モデルにとって法的な追い風となる可能性がありますが、これで全ての懸念が払拭されたわけではありません。重要なのは、司法が「インターネット上に公開されている情報の利用」をどう解釈したかという点です。米国では、修正憲法第1条(言論の自由)を根拠に、公開情報の収集・分析を正当な情報活動とみなす議論が存在します。しかし、これはあくまで米国の法的文脈における判断の一つであり、グローバル展開する日本企業がそのまま鵜呑みにできるものではありません。

「公開されている」情報は「自由に使える」情報か?

AI開発、特に画像認識や大規模言語モデル(LLM)の構築において、Web上の公開データは「燃料」となります。しかし、エンジニアやプロダクト担当者が最も注意すべきは、「アクセスできる(Technically Accessible)」ことと「利用してよい(Legally/Ethically Permissible)」ことは同義ではないという点です。

Clearview AIの事例は、個人の顔という極めてセンシティブな生体情報が対象でしたが、これは生成AIの学習データ収集にも通じる課題です。企業が自社サービスに外部データを組み込む際、あるいは自社データをAIベンダーに提供する際、そのデータの取得経緯が適法かつ適正であるかを確認する「デューデリジェンス」の重要性が増しています。

日本の個人情報保護法制とのギャップ

日本国内に目を向けると、状況はさらに複雑です。日本の個人情報保護法(APPI)では、個人識別符号が含まれる顔データは個人情報として厳格に扱われます。たとえSNS等で本人が公開している画像であっても、それを第三者が無断で収集し、データベース化して営利目的で利用することは、利用目的の通知・公表義務や、不適正な利用の禁止(法第19条)に抵触するリスクがあります。

また、日本では法律以前に「商慣習」や「社会受容性(ソーシャル・ライセンス)」がビジネスの成否を分ける傾向があります。法的にグレーゾーンであっても、「勝手に顔を使われた」という不信感が広がれば、炎上リスクとなり、サービス停止に追い込まれるケースも少なくありません。JR大阪駅での顔認証実証実験に関する議論などが記憶に新しいように、日本社会はプライバシーに対して、米国とは異なる種類の敏感さを持っています。

日本企業のAI活用への示唆

今回の米国の判決は一つの事例に過ぎませんが、日本企業がAIを活用した事業開発やDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める上で、以下の点は実務的な指針となります。

  • 法規制と社会受容性の使い分け:
    「米国の判例で認められたから」というロジックは日本では通用しない場合があります。日本の個人情報保護法および現地のプライバシー感情に基づいたリスク評価を行う必要があります。
  • ベンダー選定時のガバナンスチェック:
    顔認証システムやAIモデルを導入する際、そのベンダーがどのような学習データを使用しているかを確認してください。Clearview AIのように係争中のベンダーや、データ収集方法に疑義があるサービスを利用することは、発注側の企業にとってコンプライアンス上のリスクとなります。
  • 透明性の確保とユーザーへの説明:
    社内の業務効率化やセキュリティ強化(入退室管理など)で顔認証AIを利用する場合でも、従業員や来訪者に対して「どのデータが」「何のために」「いつまで」保存されるのかを明確に説明し、納得感を得ることがプロジェクト成功の鍵です。
  • 「公開情報」の利用ポリシー策定:
    自社でAIモデルを開発する場合、Webスクレイピングに依存しすぎない戦略が必要です。あるいは、著作権法第30条の4(情報解析のための利用)などの適用範囲を正しく理解しつつ、利用規約(Terms of Service)違反にならないような技術的・法的なガードレールを設けることが求められます。

AI技術は日々進化していますが、それを律するルールや倫理観もまた動的に変化しています。判決一つに一喜一憂せず、自社のガバナンス体制を強化し、信頼されるAI活用を目指すことが、長期的には最大の競争優位になります。

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