21 1月 2026, 水

英国・ウクライナに見る「行政AIエージェント」の潮流と、日本企業が直面する「正確性」の壁

英国政府(GOV.UK)やウクライナの電子政府サービス「Diia」において、市民向けサービスへの生成AI導入が加速しています。単なる情報検索から、24時間稼働で課題解決を行う「AIエージェント」への進化が模索される中、日本の組織がこの潮流をどう捉え、特にハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクとどう向き合うべきか、実務的観点から解説します。

「検索」から「対話」、そして「代行」へ

英国のIT系ニュースサイトThe Registerの記事によると、英国政府(GOV.UK)やウクライナのデジタルプラットフォーム「Diia」は、市民サービスのインターフェースとしてAIチャットボット、さらには「AIエージェント」の導入・高度化を進めています。特に注目すべきは、ウクライナのDiiaが目指す「デジタルサービスプラットフォームから、手動操作を必要とせず24時間365日稼働する完全に機能的なAIエージェントへの変革」というビジョンです。

これは、従来の「ウェブサイトから必要な申請書を検索してダウンロードし、ユーザーが自力で記入する」という受動的な体験から、「AIがユーザーの意図を汲み取り、必要な手続きを案内・代行する」という能動的な体験へのシフトを意味します。生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の進化により、非定型な市民の問いかけに対しても柔軟な応答が可能になったことが背景にあります。

単なるチャットボットと「AIエージェント」の違い

ここで重要なのは、単に質問に答えるだけのチャットボットと、業務を遂行する「AIエージェント」の違いです。従来のシナリオ型チャットボットは、あらかじめ決められたフローチャートに沿って回答を提示するだけでした。

一方、現在注目されているAIエージェントは、LLMがユーザーの意図を解釈し、APIを通じて外部システムと連携し、具体的なアクション(例:証明書の発行予約、申請ステータスの確認など)まで踏み込むことを目指しています。これが実現すれば、窓口業務の負荷は劇的に軽減され、ユーザーにとっても「たらい回し」のないスムーズな体験が得られます。しかし、そこには大きなリスクも潜んでいます。

公共セクターにおける「正確性」という高いハードル

生成AI最大のリスクは、事実に基づかない情報を生成する「ハルシネーション」です。クリエイティブな用途であれば許容される誤差も、行政手続きや企業の顧客対応においては致命的となります。「税金の支払い期限」や「受給資格」についてAIが誤った回答をすれば、それは市民の不利益に直結し、行政や企業の信頼を失墜させます。

英国やウクライナの事例は野心的ですが、裏側ではRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)と呼ばれる技術などで、回答の根拠を信頼できるドキュメントに限定する制御が不可欠です。それでも100%の精度を保証することは技術的に難しく、グローバルに見ても「利便性」と「リスク許容度」のバランス調整が続けられています。

日本の商習慣・文化における課題

日本においては、企業や行政に対する「無謬性(むびゅうせい:間違いがないこと)」への期待値が非常に高い傾向にあります。欧米では「ベータ版」としてリリースし、フィードバックを受けながら改善するアプローチが一般的ですが、日本では一度のミスが炎上につながりやすく、導入のハードルを高めています。

また、日本の行政手続きや社内業務は、明文化されていない「暗黙知」や、複雑に入り組んだ「例外処理」が多いのも特徴です。これらをすべてAIに学習・理解させるには、データの整備(構造化)という地道な前工程が必要不可欠です。AIを入れるだけで業務が回るわけではなく、AIが読める形に業務フローを標準化することこそが、日本のDXにおける本質的な課題と言えます。

日本企業のAI活用への示唆

海外の先進事例を踏まえ、日本企業や自治体がAIエージェント活用を進めるための要点は以下の通りです。

  • 「100%の自動化」を目指さない設計:AIの回答精度には限界があることを前提とし、確信度が低い場合は即座に人間の担当者にエスカレーションする「Human-in-the-loop(人間が介在する仕組み)」をフローに組み込むことが重要です。
  • RAG(検索拡張生成)の徹底と根拠の提示:LLM単体で回答させるのではなく、社内規定や公式サイトなどの信頼できるデータを参照させ、必ず「回答の根拠(ソース)」を提示させるUIにすることで、ユーザー自身が真偽を確認できるようにします。
  • スモールスタートと期待値コントロール:最初からあらゆる問い合わせに対応させるのではなく、「特定の申請手続き」や「社内ヘルプデスクの一部」など、ドメインを限定して導入し、徐々に対応範囲を広げるアプローチがリスク管理上有効です。
  • 「免責」の明確化とUXライティング:AIであることを明示し、「回答には誤りが含まれる可能性があります」といった注意書きを適切に配置するなど、ユーザーの過度な期待を抑制するインターフェース設計が求められます。

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