21 1月 2026, 水

ERPと生成AIの現在地:巨大ベンダーの試行錯誤と「特化型モデル」への転換点

SAPをはじめとする大手エンタープライズITベンダーが、生成AIの自社製品への統合を急ピッチで進めています。しかし、そこには「汎用モデル」では解決できない実務の壁と、ベンダー側の開発における混乱も見え隠れします。本稿では、最新のリーク情報や動向を端緒に、ERP領域における小規模・特化型モデル(SLM/Narrow-gauge LLM)の潮流と、日本企業が冷静に見極めるべき導入リスクについて解説します。

ERP巨人が模索する「狭域LLM」の現実

グローバルなITメディアでは、SAPなどのERP(統合基幹業務システム)ベンダーが、汎用的な大規模言語モデル(LLM)ではなく、より限定された領域に特化したモデルの開発・検証に注力していることが報じられています。「RPT-1」といったコードネームで噂されるプロジェクトや、かつての「HANA PAL(Predictive Analysis Library)」に続く機械学習の試みは、何を意味しているのでしょうか。

これは、ChatGPTのような「何でも答えられるが、時として嘘(ハルシネーション)をつく巨大モデル」をそのまま企業の基幹システムに組み込むことのリスクと非効率性を、ベンダー自身が痛感している証左と言えます。業界では今、「Narrow-gauge LLM(狭域LLM)」「SLM(Small Language Models:小規模言語モデル)」と呼ばれる、パラメータ数を絞り特定業務のデータのみで学習させたモデルへの関心が高まっています。

財務、サプライチェーン、人事といったミッションクリティカルな領域では、詩を書く能力は不要です。求められるのは、社内用語を正確に理解し、数値の整合性を保ちながらプロセスを自動化する能力です。ベンダー各社は今、汎用AIの「魔法」から、実務に耐えうる「道具」への転換に、ある種の混乱(Chaos)を伴いながら挑んでいるのです。

日本企業特有の「カスタマイズ」とAI導入のジレンマ

この動向は、日本企業にとって極めて重要な示唆を含んでいます。欧米の標準プロセス(Fit to Standard)と比較して、日本企業のERPは独自のアドオン開発(追加機能開発)やカスタマイズが多用されている傾向にあります。

ベンダーが提供する標準的な「特化型AI」は、あくまでグローバル標準のプロセスやデータ構造を前提にトレーニングされています。そのため、日本企業特有の複雑な商流や、現場の暗黙知によって運用されているカスタマイズ領域に対して、ベンダー提供のAIが即座に適合するとは限りません。

「AIを導入すればERPが賢くなる」という期待は危険です。むしろ、カスタマイズによってデータ構造が複雑化したシステムにAIを適用しようとすれば、データの不整合や誤った推論を引き起こす「AI Disaster(AIの惨事)」を招くリスクすらあります。これは技術の問題というよりは、ガバナンスとデータマネジメントの問題です。

実務視点:ベンダーロックインと自社主導の境界線

SAPなどのプラットフォーマーが提供するAI機能は便利ですが、ブラックボックス化しやすい側面もあります。AIの判断ロジックがベンダーのモデルに依存しすぎると、将来的なシステム移行の障壁となったり、自社の競争力の源泉であるデータがベンダーの学習サイクルに飲み込まれたりする懸念もゼロではありません。

したがって、プロダクト担当者やIT部門長は、「ベンダーが提供するAI機能(Co-pilot等)」と「自社で構築・制御すべきAI活用」の境界線を明確に引く必要があります。定型的な業務効率化はベンダー機能に任せつつ、自社の独自データに基づく意思決定支援や顧客向けサービスにおいては、自社管理下のモデルやAPIを活用する「ハイブリッド戦略」が現実的な解となるでしょう。

日本企業のAI活用への示唆

グローバルベンダーの試行錯誤と最新の技術トレンドを踏まえ、日本の意思決定者や実務者が意識すべきポイントは以下の3点です。

  • 「汎用」より「特化」の潮流を理解する
    何でもできるAIを求めるのではなく、経理処理特化、在庫予測特化など、用途を限定した小規模モデル(SLM)の活用が、コストと精度のバランスにおいて主流になりつつあります。ベンダー選定の際も、モデルの規模より「自社ドメインへの適合性」を重視すべきです。
  • 「汚れたデータ」にAIは無力である
    ベンダーがどれほど高度なAI機能を提供しても、入力されるデータが整備されていなければ機能しません。日本企業に多い「属人的なデータ入力」や「システム外のエクセル管理」を解消し、AIが読める形にデータを標準化することが、AI導入以前の急務です。
  • PoC(概念実証)では「失敗」の定義を変える
    ベンダーの新機能(噂されるRPT-1のような試みも含め)は、初期段階では期待通りに動かないことが多々あります。これを単なる失敗と捉えず、「自社のデータ構造のどこに問題があるか」をあぶり出すリトマス試験紙として活用する姿勢が、長期的なAI活用の成功につながります。

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