生成AIの業務実装が進む中、従来のセキュリティ対策では防ぎきれない新たなリスクが顕在化しています。本記事では、ThalesによるImperva AI Application Securityの発表という最新動向を起点に、LLM特有の「ロジックベースの脅威」の本質と、日本企業が今講じるべき技術的・組織的な防御策について解説します。
従来の境界防御をすり抜ける「ロジックベースの脅威」
フランスの防衛・技術大手Thales(タレス)が、傘下のImpervaを通じて「AI Application Security」を発表したことは、サイバーセキュリティのパラダイムシフトを象徴しています。これまで企業のセキュリティ対策といえば、ファイアウォールやWAF(Web Application Firewall)を用いて、既知の悪意あるコードや異常なネットワーク通信をブロックすることが主流でした。しかし、大規模言語モデル(LLM)の登場により、防御すべき対象が変化しています。
LLMに対する攻撃の多くは、ウイルスのようなバイナリコードではなく、人間が使う「自然言語」によって行われます。これを「ロジックベースの脅威」と呼びます。例えば、「プロンプトインジェクション(AIに対して特殊な命令を与え、開発者の意図しない挙動をさせる攻撃)」や「ジェイルブレイク(倫理的制限の突破)」といった手法は、従来のWAFから見れば単なる「テキストデータ」に過ぎず、攻撃として検知することが困難です。
つまり、システムが正常に稼働していても、AIが騙され、機密情報を漏洩したり、不適切な回答を出力したりするリスクが生じているのです。
LLMセキュリティに求められる可視性と制御
今回のThales/Impervaの動きは、こうした新しい脅威に対し、AIモデルへの入出力をリアルタイムで監視・分析する必要性が高まっていることを示唆しています。具体的には、ユーザーがAIに何を入力したか、AIが何を返したかという文脈(コンテキスト)を理解し、そのロジック自体に悪意が含まれていないかを判断する仕組みです。
企業システムにLLMを組み込む際、多くのエンジニアはAPI連携部分の認証や暗号化には注意を払いますが、プロンプトの内容そのものに対する防御は手薄になりがちです。しかし、OWASP(Webアプリケーションセキュリティに関する国際的な非営利団体)が「OWASP Top 10 for LLM」を策定しているように、LLM特有の脆弱性管理は、もはや実験段階ではなく実運用における必須要件となりつつあります。
日本企業におけるリスク:ガバナンスと「ハルシネーション」
日本国内においても、総務省・経済産業省による「AI事業者ガイドライン」が策定され、AIの安全な利用が強く求められています。日本企業にとって特に懸念されるのは、セキュリティ侵害による情報漏洩に加え、AIが誤った情報をもっともらしく語る「ハルシネーション(幻覚)」による信用の毀損です。
攻撃者が意図的にLLMを操作し、自社サービスのチャットボットが競合他社を推奨したり、差別的な発言をしたりするように仕向けることは、技術的に可能です。日本の商習慣において「信頼」は極めて重要な資産であり、一度のAIの暴走がブランドイメージに致命的な打撃を与える可能性があります。したがって、セキュリティ対策は単なるシステム保護の枠を超え、経営レベルでのブランド保護施策として捉える必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例およびグローバルトレンドを踏まえ、日本の意思決定者や実務者が意識すべき点は以下の3点に集約されます。
1. 既存のセキュリティ資産への過信を捨てる
従来のWAFやエンドポイントセキュリティだけでは、生成AI特有の攻撃は防げません。LLMの手前に、プロンプトの内容を審査する「AIファイアウォール」や「ガードレール」と呼ばれる専用の防御層を設けることを検討してください。これは、外部向けサービスだけでなく、社内向けRAG(検索拡張生成)システムにおいても、内部不正や誤操作を防ぐために重要です。
2. 「防御」と「監視」の多層化
AIの挙動は確率的であり、100%の防御は不可能です。したがって、攻撃を未然に防ぐ対策に加え、異常なやり取りが発生した際に即座に検知・遮断できるモニタリング体制が不可欠です。すべてのプロンプトと回答をログとして保存し、監査可能な状態にしておくことは、日本の法規制やコンプライアンス対応の観点からも推奨されます。
3. 人間中心のガバナンス維持
ツールによる自動防御は強力ですが、AIの進化速度は速く、攻撃手法も日々高度化しています。最終的には「AIが判断に迷う領域」や「リスクが高い回答」については、人間が介在する(Human-in-the-loop)プロセスを残す、あるいは定期的なレッドチーミング(擬似的な攻撃テスト)を実施するなど、技術と運用を組み合わせた包括的なリスク管理が求められます。
