米国テキサス州の医師らが、ChatGPTを自己診断ツールとして利用する患者の急増に対して警告を発しました。このニュースは単なる「AI活用の是非」にとどまらず、専門性の高い領域でAIサービスを展開しようとする日本企業にとって、極めて重要なガバナンスとリスク管理の教訓を含んでいます。
ChatGPTによる「自己診断」のリスクとハルシネーション
米国のFOX 7 Austinが報じたところによると、テキサス州の医師たちは、ChatGPTなどの生成AIを医療上の自己診断ツールとして利用する患者が増加していることに懸念を表明しています。生成AIは膨大なテキストデータを学習していますが、それはあくまで「確率的に尤もらしい文章」を生成する能力であり、医学的に正確な事実を保証するものではありません。
最大のリスクは、AIがもっともらしい嘘をつく「ハルシネーション(幻覚)」です。医療において誤った情報は、患者の健康や生命に直結する重大な事故につながりかねません。これは医療に限らず、法律、税務、金融といった、高度な専門知識と正確性が求められる領域すべてに共通する課題です。
日本の法規制と「医師法」の壁
日本国内でAIを活用したヘルスケアサービスを検討する際、避けて通れないのが「医師法」などの規制です。日本では、医師以外の者が診断・治療などの医療行為を行うことは禁じられています(医師法第17条)。
もし企業が「AIドクター」のようなサービスを提供し、個別の症状に対して具体的な病名を断定したり、投薬の指示を行ったりすれば、医師法違反に問われるリスクがあります。経済産業省や厚生労働省のガイドラインでも、「一般的な医学情報の提供」と「個別の診断(医療行為)」の線引きは厳格に議論されています。プロダクト担当者は、AIがユーザーに対して「診断」と受け取られるような回答をしないよう、システム的なガードレール(制約)を設ける必要があります。
専門領域におけるAI活用の現実解:Human-in-the-Loop
では、専門領域でAIは使えないのでしょうか。決してそうではありません。重要なのは、AIを「最終的な意思決定者」にするのではなく、専門家を支援する「コパイロット(副操縦士)」として位置づけることです。
例えば、医師がカルテを作成する際の要約支援や、膨大な論文からの情報検索、あるいは患者への一般的な健康アドバイスの草案作成などにAIを活用することは、業務効率化の観点から非常に有効です。ここでは、AIの出力結果を必ず人間(専門家)が確認・修正する「Human-in-the-Loop(人間が介在する仕組み)」の構築が不可欠となります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国の事例は、日本企業が専門領域でAIプロダクトを開発・導入する際に、以下の3つの視点を持つべきであることを示唆しています。
1. 「情報提供」と「アドバイス」の厳格な区分け
特にヘルスケア、法律、金融分野では、AIの回答が「有資格者による独占業務」を侵害しないよう、サービス設計段階で法的リスクを洗い出す必要があります。免責事項(ディスクレーマー)を表示するだけでなく、プロンプトエンジニアリングやRAG(検索拡張生成)の仕組みを用いて、回答の範囲を技術的に制御することが求められます。
2. ユーザーのリテラシーに依存しないUX設計
「AIは間違う可能性がある」と利用規約に書いても、ユーザーはAIの流暢な回答を信じてしまう傾向があります。特にBtoCサービスでは、誤解を生まないUI/UXデザインや、信頼できるソースの明示など、ユーザーを保護する仕組みを能動的に組み込む責任が企業側にあります。
3. 社内業務効率化と対外サービスの分離
リスクが高い対外的な自動応答(チャットボットなど)にいきなり生成AIを適用するのではなく、まずは社内の専門職(医師、弁護士、エンジニアなど)の業務支援ツールとして導入し、知見とデータを蓄積する「守りの活用」から始めるのが、日本企業にとっては堅実かつ効果的なステップと言えるでしょう。
