Zoom Video Communicationsが「AI Companion 3.0」を発表し、これまでの支援機能に加え「エージェンティック(自律的)ワークフロー」を導入しました。生成AIが単なるテキスト生成から、他システムと連携してタスクを実行する「アクション」のフェーズへ移行する中、日本企業はこの進化をどう受け止め、ガバナンスを構築すべきか解説します。
「読むAI」から「動くAI」への転換点
生成AIのトレンドは、チャットボットによる対話や要約から、ユーザーの意図を汲んで具体的なタスクを実行する「エージェント(Agentic)」機能へとシフトしています。今回の「Zoom AI Companion 3.0」の発表における最大のポイントは、まさにこの「エージェンティック・ワークフロー」の実装にあります。
これまでの会議AIの主な役割は、録画データの文字起こしや要約、ネクストステップの抽出といった「情報の整理」でした。しかし、バージョン3.0では、会議中の会話をもとに、連携するサードパーティ製アプリケーション(プロジェクト管理ツールやCRMなど)に対して直接アクションを起こすことが可能になるとされています。例えば、「この件をJiraのチケットにしておいて」と指示すれば、会議を中断して別画面を開くことなくタスク化が完了するような世界観です。
SaaS連携とデータのサイロ化解消
日本企業においても、ZoomやMicrosoft Teamsでのオンライン会議は定着しましたが、会議で決まった内容を社内システム(SFAやタスク管理ツール)に入力し直す作業は、依然として手作業であることが多く、そこに「転記漏れ」や「タイムラグ」という非効率が存在しています。
Zoomが「エージェント機能」を強化することは、コミュニケーションの場(Zoom)と業務実行の場(他SaaS)をAIが自動で橋渡しすることを意味します。Microsoft CopilotやGoogle Gemini for Google Workspaceも同様の方向性を打ち出していますが、Zoomのような特化型プラットフォームが、自社エコシステムを超えて柔軟に他社ツールと連携し始めたことは、ベンダーロックインを避けたい企業にとっては注目すべき動きです。
スタンドアローン提供による「シャドーAI」のリスクと機会
今回の発表でもう一つ注目すべきは、Zoomの有償プランを持たないBasicユーザー(無料プラン)に対しても、アドオンとしてAI機能を提供し始めた点です。これは、中小規模のチームや個人事業主にとってはAI導入のハードルを下げる歓迎すべきニュースですが、エンタープライズのIT管理者にとっては注意が必要です。
従業員が会社の許可なく、個人の判断で安価なAIアドオンを購入し、業務会議のデータを解析させる「シャドーAI」のリスクが高まるからです。特に日本企業では、会議中に未発表の特許情報や人事情報、顧客の機密情報が話されることが多々あります。AIがそれらをどのように処理し、学習データとして扱うのか(ZoomはユーザーのコンテンツをAIモデルの学習に使用しないと明言していますが)、その設定や権限管理が個人任せになることはガバナンス上の懸念点となります。
日本特有の「ハイコンテクスト」な会議とAIの限界
技術的な進歩は著しいものの、実務適用においては冷静な視点も必要です。特に日本の会議は「ハイコンテクスト」であり、主語が省略されたり、「よしなにやっておいて」といった曖昧な指示が飛び交ったりする傾向があります。
「エージェンティック」なAIが誤った解釈をして、誤ったタスクチケットを発行したり、不適切なメール下書きを作成したりするリスクはゼロではありません。AIがアクションまで担う場合、単なる要約ミスよりも業務への実害が大きくなる可能性があります。当面の間は、AIが提案したアクションを人間が最終確認(Human-in-the-loop)するプロセスが不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回のZoomのアップデートをはじめとする「AIのエージェント化」の潮流を受け、日本の実務担当者や意思決定者は以下の点を意識してAI戦略を見直す必要があります。
1. 「要約」以上のROIを定義する
これまでは「議事録作成時間の短縮」が主な指標でしたが、今後は「会議後のタスク着手までのリードタイム短縮」や「CRMへの入力率向上」など、アクションに直結したROI(投資対効果)を測定するフェーズに入ります。
2. API連携と権限管理の棚卸し
AIが「アクション」を行うには、他システムへの書き込み権限が必要になります。利便性とセキュリティのバランスを考慮し、どの範囲までAIに代行させるか(例:下書き作成まではOKだが、送信・保存は人間が行う等)のポリシー策定が急務です。
3. ベンダー選定基準の再考
オールインワンのスイート製品(Microsoft/Google)で統一するか、Zoomのような「Best of Breed(各分野の最良の製品)」を組み合わせてAPIでつなぐか。AIエージェントの性能と連携力が、今後のツール選定の重要な鍵となります。
AIは「話を聞くアシスタント」から「手を動かす同僚」へと進化しています。この変化を恐れず、しかし手綱(ガバナンス)はしっかりと握った上で、業務プロセスの再設計に取り組む時期に来ています。
