19 1月 2026, 月

生成AIの「話し方」は誰が決めたのか?――学習データの裏側にある人間の労働と、日本企業が意識すべき「文体」のリスク

「ChatGPTは私の真似をしている」――海外の掲示板Hacker Newsで話題となったこの議論は、大規模言語モデル(LLM)の挙動が、実は開発プロセスに関わった特定の人々の文化的背景や言語習慣に強く影響されていることを示唆しています。本稿では、生成AIの「文体」が形成されるメカニズム(RLHF)と、そこから見えてくるデータサプライチェーンの実態、そして日本企業が自社のビジネスでAIを活用する際に注意すべき「らしさ」とガバナンスの課題について解説します。

AIの「個性」はアルゴリズムではなく、アノテーターが作る

生成AI、特にChatGPTのような対話型モデルを利用していると、独特の「癖」を感じることがあります。慇懃無礼なほどの丁寧さ、結論を急がず多角的な視点を並べ立てる構成、あるいは特定の単語の選び方などです。これらはAIが自律的に獲得した性格だと思われがちですが、実際には「RLHF(Reinforcement Learning from Human Feedback:人間からのフィードバックによる強化学習)」というプロセスにおける人間の判断が色濃く反映されています。

今回取り上げる話題の発端は、「ChatGPTの文章スタイルは、ケニア英語のスタイルに似ている」という指摘です。OpenAIをはじめとする多くのAI企業は、モデルの安全性向上や回答品質の調整のために、ケニアやフィリピンなどの英語圏の国々で多くのデータラベリング(アノテーション)作業を行ってきました。彼らが「好ましい回答」として評価、あるいは修正・作成したテキストデータが、モデルの最終的な出力スタイル、すなわち「文体」を決定づけている可能性があるのです。

「誰の価値観」で調整されたモデルなのか

LLM(大規模言語モデル)の事前学習は、インターネット上の膨大なテキストデータを読み込むことで行われますが、そのままでは差別的な発言や不正確な情報を出力するリスクがあります。そこで行われるのが、前述のRLHFによるチューニングです。ここで重要なのは、アノテーター(評価者)が持つ文化的背景や言語的規範が、意図せずモデルにバイアスとして組み込まれることです。

もし、アノテーターが「長く、礼儀正しく、断定を避ける文章」を良しとする教育背景を持っていれば、AIもそれに倣います。グローバルなAIモデルを利用するということは、開発企業の技術力だけでなく、その背後にあるデータサプライチェーン上の労働者の「言語感覚」や「文化的規範」もセットで取り込んでいることを意味します。これは、ブラックボックス化しやすいAIのリスクの一つです。

日本企業にとっての課題:翻訳調と「らしさ」の乖離

この議論は、日本のビジネス現場においても極めて重要な示唆を含んでいます。日本企業が米国の汎用的なLLMをそのまま業務に組み込む際、最大の問題となるのが「違和感のある日本語」です。

英語圏の論理構造や、アノテーターの文化的背景に基づいた出力は、日本語に翻訳された際に「過剰に説明的」「文脈を読まない」「敬語が不自然」といった形で現れます。社内の業務効率化ツールであれば許容範囲かもしれませんが、顧客対応(カスタマーサポート)やマーケティングコンテンツの生成において、この「文体のズレ」はブランド毀損のリスクになり得ます。日本の商習慣における「阿吽の呼吸」や「行間を読む」コミュニケーションは、海外でチューニングされたモデルが最も苦手とする領域だからです。

実務的な対策:プロンプトエンジニアリングと国産モデルの使い分け

では、日本企業はどう対応すべきでしょうか。まず、プロンプトエンジニアリングにおいては、「丁寧な日本語で」と指示するだけでは不十分です。「日本のビジネスメールの慣習に従い、前置きを省略して結論から述べること」「〇〇社の広報担当者として、親しみやすさと信頼感を両立したトーンで」といった、具体的なペルソナや制約条件を与える必要があります。

また、機密情報の保持や高度な日本語能力が求められる領域では、海外製メガモデル一辺倒ではなく、日本の言語・文化データで追加学習された国産LLMや、自社データを用いたファインチューニング(微調整)を検討すべき段階に来ています。特にRAG(検索拡張生成)システムを構築する際は、参照する社内ドキュメントの質が回答の「文体」にも影響を与えるため、データ整備(データガバナンス)がより一層重要になります。

日本企業のAI活用への示唆

今回の議論から得られる、日本企業の実務者への示唆は以下の通りです。

  • モデルの「文体」は中立ではない: AIの出力は数学的な正解ではなく、学習データやアノテーターの文化的背景が反映されたものであると理解する。
  • ブランドボイスの管理: 顧客接点でAIを利用する場合、そのままの出力を使わず、自社のブランドイメージに合った文体に修正するプロセス(Few-shotプロンプティングや事後編集)を組み込む。
  • 「人間」の役割の再評価: AI任せにするのではなく、最終的なアウトプットの責任は人間が持つという「Human-in-the-loop」の体制を維持する。特に日本特有の文脈理解が必要な業務では、AIはあくまで「下書き作成」と割り切る判断も必要。
  • データサプライチェーンへの意識: AIガバナンスの観点から、使用しているモデルがどのようなデータで学習され、誰によって調整されたのか、可能な範囲で透明性を意識する。

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