海外メディアにて、将来的にChatGPTの表現規制を大幅に緩和した機能(いわゆるAdult Mode等)が登場する可能性が報じられました。本稿では、生成AIにおける「検閲」と「表現の自由」を巡る議論の背景を整理し、AIモデルの安全性基準が変化していく中で、日本企業が講じるべきリスク管理と活用のあり方について解説します。
「表現規制の緩和」が議論される背景
生成AI、特にChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)は、これまで「安全性(Safety)」と「アライメント(Alignment)」を最優先事項として開発されてきました。差別的発言、暴力表現、性的なコンテンツ(NSFW:Not Safe For Work)の生成を厳しく制限することで、万人が利用できるツールとしての地位を確立してきたのです。しかし、その厳格な制限が、小説執筆やアート生成、あるいは医療・生物学的な文脈での正当な利用において「過剰な拒否」を引き起こし、使い勝手を損なっているという批判も根強く存在しました。
今回、一部海外メディアで報じられた「2026年に向けた規制緩和モード」の観測は、こうしたユーザーニーズの高まりと、OpenAI自身が検討を進めている「責任ある形でのNSFWコンテンツ生成の許容」という方向性を反映したものと考えられます。実際、OpenAIは「Model Spec」等の文書において、違法性のない範囲でユーザーがAIの挙動や表現レベルをカスタマイズできる未来を示唆しています。
クリエイティブ産業への恩恵と企業利用のリスク
表現規制の緩和は、エンターテインメントやクリエイティブ産業においては大きなメリットとなり得ます。ゲームのシナリオ作成、文芸作品の執筆、広告クリエイティブのブレインストーミングなどにおいて、AIがより柔軟で人間味のある、あるいはエッジの効いた表現を提案できるようになるからです。「優等生すぎる回答」から脱却することで、人間の創造性を刺激するパートナーとしての価値は高まるでしょう。
一方で、一般企業の実務利用においては、新たなリスク管理が必要となります。現在のモデルは、プロンプト(指示文)に悪意がなくとも、AI側で安全側に倒して回答を拒否するケースが多いですが、規制緩和版では、不適切なコンテキストを含んだ回答がそのまま生成される可能性があります。これは、社内チャットボットがハラスメントに該当する発言を行ったり、顧客向けAIがブランド毀損につながる不適切な表現を出力したりするリスクに直結します。
日本国内の法規制と商習慣への適合
日本企業がこの潮流に向き合う際、特に注意すべきは国内法と企業倫理です。日本では刑法175条(わいせつ物頒布等)などの法規制があり、欧米の「表現の自由」基準で解放されたAIモデルをそのまま国内サービスに組み込むことは、コンプライアンス上の重大な懸念となり得ます。
また、日本の商習慣や組織文化では「安心・安全」が極めて重視されます。欧米では「ユーザーの自己責任」とされる範囲であっても、日本ではサービス提供企業(あるいは導入企業)の管理責任が問われる傾向があります。したがって、基盤モデル(Foundation Model)側で規制が緩和されたとしても、日本企業としてはその手前で独自のフィルタリングやガードレール(安全装置)を設ける必要性が増すことになるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回の報道が示唆するのは、AIモデルが「一律の安全性」から「用途に応じた多様性」へと進化する未来です。日本企業の意思決定者や実務担当者は、以下の点を意識してAI活用戦略を見直す必要があります。
1. ガードレール(Guardrails)の自社構築・強化
基盤モデル自体の安全機能に依存しすぎず、自社の倫理規定やコンプライアンス基準に合わせた入出力フィルタリング(ガードレール)を実装することが、今まで以上に重要になります。特に顧客対面(Customer Facing)のシステムでは必須の要件となるでしょう。
2. 利用ポリシーの細分化
「全社一律で同じAIモデルを使う」のではなく、マーケティングやクリエイティブ部門には表現の自由度が高いモデル(または設定)を、人事や法務、カスタマーサポートには安全性を最重視した厳格なモデルを割り当てるといった、業務に応じた使い分けが求められます。
3. シャドーAIへの警戒
公式に導入したAIの規制が厳しすぎる場合、従業員が業務外の「規制の緩いAIツール」を勝手に利用し、情報漏洩や不適切な成果物を生み出すリスク(シャドーAI)が高まります。規制緩和の動向を注視しつつ、従業員にとって使いやすく、かつ安全な環境を整備するバランス感覚が経営層には求められます。
