米国ニューヨーク州で、広告におけるAI利用の開示と、実演家(パフォーマー)の権利保護を強化する新たな州法が制定されました。メディアと広告の中心地である同州の決定は、今後のグローバルなAIガバナンスの基準となる可能性があります。本記事では、この新規制の背景と概要を整理し、日本の企業がマーケティングやコンテンツ制作において直面するリスクと、今とるべき対応策について解説します。
ニューヨーク州法の概要:デジタルレプリカと広告の透明性
ニューヨーク州で制定された新たな法律は、主に「実演家の権利保護」と「AI生成コンテンツの透明性確保」の2点を柱としています。キャシー・ホークル知事によって署名されたこの法案は、生成AI技術の急速な進歩に伴い、本人の許可なく作成された「デジタルレプリカ(声や姿を模倣したAI生成物)」が商業利用されるリスクに対応するものです。
具体的には、俳優やミュージシャンなどの実演家の肖像や声を、AIを用いて無断で複製・利用することを禁じる条項が含まれています。また、広告分野においては、AIによって生成または加工されたコンテンツが含まれている場合、消費者に対してその事実を明示することを求める「開示義務」が強化される方向です。これは、ディープフェイク技術による誤認や詐欺的行為を防ぎ、消費者の信頼を維持することを目的としています。
エンターテインメント産業の中心地が動く意味
ニューヨーク州はカリフォルニア州と並び、米国のエンターテインメントおよび広告産業の中心地です。この地域で厳格な規制が導入されることは、事実上の「業界標準」が形成されることを意味します。グローバルに展開する日本企業や、米国のタレント・インフルエンサーを起用する日本企業にとって、この州法は対岸の火事ではありません。
特に、生成AIを用いた広告クリエイティブの自動生成や、バーチャルヒューマンの活用が進む中、契約書における権利処理の定義がこれまで以上に重要になります。「包括的な契約だから大丈夫」という認識では、AIによる複製利用(デジタルツイン等)までカバーされていないとみなされ、訴訟リスクに直面する可能性があります。
日本の法規制・商習慣とのギャップ
日本国内においても、内閣府のAI戦略会議や文化庁などで、AIと著作権、および肖像権(パブリシティ権)に関する議論が進められています。しかし、現時点では米国のような「AIによるデジタルレプリカ」に特化した制定法は存在せず、既存の著作権法や不正競争防止法、民法の不法行為などの解釈に委ねられているのが現状です。
日本の実務現場では、タレント事務所との契約においてAI利用に関する条項が未整備なケースが散見されます。一方で、生成AIの活用ニーズは、広告制作のコスト削減やパーソナライゼーションの観点から急速に高まっています。この「技術の活用スピード」と「権利保護のルール作り」のギャップが、企業にとっての潜在的なコンプライアンスリスクとなっています。
日本企業のAI活用への示唆
今回のニューヨーク州の動きを踏まえ、AI活用を推進する日本の企業・組織は以下の点について体制を見直すべきです。
1. 契約プロセスの見直しと明文化
広告やコンテンツ制作においてタレントやモデルを起用する場合、契約書に「生成AIによる学習・加工・複製の可否」を明記することが必須となります。過去の契約素材をAI学習に再利用する場合も、改めて許諾を得るプロセスが必要です。
2. 「AI利用の開示」をプロアクティブに行う
日本ではまだ法的な義務化に至っていない領域であっても、消費者の信頼獲得(トラスト)の観点から、AI生成コンテンツであることを自主的に表示するガイドラインを策定すべきです。特にニュース性のあるコンテンツや、実在の人物と誤認させる可能性のある表現においては、透明性がブランド毀損を防ぐ防波堤となります。
3. ガバナンスとクリエイティブの両立
マーケティング部門や制作現場に対し、生成AIツールの利用ガイドラインを徹底する必要があります。安易にフリー素材感覚で有名人の画像や声をAI生成・利用することは、パブリシティ権の侵害だけでなく、グローバルなコンプライアンス違反につながるリスクがあることを教育・啓蒙することが求められます。
