OpenAIの「Sora」をはじめとする高度な動画生成AIが、ウクライナ情勢におけるプロパガンダ動画の作成に悪用されている可能性が報じられています。本記事では、この事例を端緒に、急速に進化する動画生成技術がもたらす企業リスクの実態と、日本企業が今講じるべきガバナンスやリスク対策について解説します。
精巧化する動画生成AIと戦時下の偽情報
ロシア・ウクライナ戦争が長期化する中、AI技術を悪用した偽情報(ディープフェイク)の拡散が新たな局面を迎えています。報道によると、OpenAIが開発した動画生成AI「Sora」などの技術が、ウクライナ兵がロシア国民に謝罪しているかのように見せかけるプロパガンダ動画の作成に使用されているとの指摘があります。
これまでも画像や音声のディープフェイクは存在しましたが、最新の動画生成モデルは、照明の反射、物理的な動き、皮膚の質感に至るまで極めてリアルな表現が可能です。肉眼では真偽の判別が困難なレベルに達しており、情報戦における強力な武器となり得ることを示唆しています。
企業活動における「なりすまし」とレピュテーションリスク
この事例は、決して地政学的な問題だけに留まりません。ビジネスの現場においても、高度な動画生成技術は「諸刃の剣」となります。日本企業にとっても、以下のようなリスクが現実味を帯びてきています。
一つは「CEO詐欺(ビジネスメール詐欺の動画版)」です。経営トップや役員の姿と声をAIで再現し、経理担当者に緊急の送金を指示する動画がビデオ会議やメッセージで送られてくるリスクです。実際に海外では、AIを用いたなりすましによる巨額詐欺被害も報告されています。
もう一つは「ブランド毀損(レピュテーションリスク)」です。自社製品に重大な欠陥があるかのような捏造動画や、従業員による不適切な行為を装った動画が拡散された場合、事実確認に時間を要している間に株価やブランドイメージが致命的な打撃を受ける可能性があります。
技術的対策とリテラシーの両輪
こうしたリスクに対し、AI開発企業側も対策を急いでいます。電子透かし(ウォーターマーク)の埋め込みや、コンテンツの来歴を証明する技術標準「C2PA」の採用などが進められていますが、悪意ある攻撃者は常に抜け道を探すため、技術的な対策だけで100%防ぐことは困難です。
したがって、企業側には技術的な防御策だけでなく、組織的な対応力が求められます。特に日本では、一度失った信用の回復には多大な時間を要するため、事前の備えが重要です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本企業の経営層および実務担当者は以下の3点を意識してAI活用とリスク管理を進めるべきです。
1. クライシスマネジメント規定の見直し
偽動画が拡散された際の初動対応フローを策定してください。SNSでの拡散状況をモニタリングする体制の整備や、公式見解を迅速に発表するための広報ラインの確認が必要です。「AIによる捏造があり得る」という前提に立った危機管理マニュアルへの更新が急務です。
2. 本人確認・承認プロセスの多層化
重要な意思決定や送金業務においては、ビデオ通話や動画メッセージだけに依存せず、多要素認証や社内独自の合言葉、別経路での確認(電話やチャット)を徹底するなど、アナログな確認手段をプロセスに組み込むことが、高度なAI詐欺への有効な防御策となります。
3. 従業員のAIリテラシー教育
「動画=真実」という固定観念を捨て、目に見える情報がAIによって生成された可能性を常に疑う「クリティカルシンキング」を従業員に教育する必要があります。一方で、過度な萎縮を防ぎ、業務効率化やクリエイティブ分野での正当なAI活用は推進できるよう、リスクとメリットのバランスを考慮したガイドラインを策定することが望まれます。
