世界最大級の放射線医学会「RSNA 2025」において、AIの役割が大きく変化しようとしています。United Imaging Intelligence社が提示した「Imaging-to-Report(画像からレポートへ)」というコンセプトは、特定の病変を見つけるだけのAIから、業務プロセス全体を担う「AIエージェント」への進化を象徴するものです。本稿では、この世界的な潮流を解説し、日本の医療現場や法規制、商習慣を踏まえた上での活用のあり方とリスクについて考察します。
診断支援から「自律的なエージェント」への転換
これまで医療分野、特に放射線画像診断におけるAI活用といえば、CTやMRI画像から「がんの疑いがある箇所」を検出する(Detection)、あるいは臓器の領域を抽出する(Segmentation)といった、特定のタスクに特化したものが主流でした。しかし、RSNA 2025(北米放射線学会)でUnited Imaging Intelligence社が「uAI Insight」を通じて提起した問い、”Agent Radiologist: Are We There Yet?”(AI放射線科医:我々はそこに到達したか?)は、フェーズが変わりつつあることを示しています。
ここで注目すべきは「AIエージェント」という概念です。従来のAIが「人間が使う道具」であったのに対し、エージェントは「目標を与えられれば、推論し、ツールを使い分け、一連のワークフローを自律的に遂行する存在」を指します。今回提示された「Imaging-to-Report」は、単に異常を見つけるだけでなく、画像所見を言語化し、最終的な読影レポートの草案作成までをAIが担うというアプローチです。これは、大規模言語モデル(LLM)と画像認識技術を組み合わせた「マルチモーダルAI」の実用化が進んでいることを背景としています。
業務効率化の本丸は「所見作成」にあり
なぜ「レポート生成」が重要なのでしょうか。日本の医療現場、特に放射線科におけるボトルネックの一つは、膨大な画像の読影と、それに伴うレポート作成の時間です。日本は人口あたりのCT/MRI保有台数が世界的に見ても極めて多い一方、読影専門医の不足が慢性的な課題となっています。
画像上の異常箇所をハイライトするだけのAIでは、医師は結局その意味を解釈し、文章に書き起こす作業を行わなければなりません。しかし、AIが「肺野右上に2cm大の結節あり、スピキュラを伴い悪性を疑う」といった文章(所見)まで生成できれば、医師の業務は「ゼロから書く」ことから「AIの提案を確認・修正する」ことへと変化し、劇的な生産性向上が期待できます。これは医療に限らず、様々な専門業務における「ドキュメンテーションAI」の先行事例と言えるでしょう。
日本における実装の壁:法規制と責任の所在
一方で、この技術を日本国内で展開するには、技術的な課題以上に、法規制とガバナンスの壁を考慮する必要があります。
まず、日本では医師法第20条などにより、診断は医師が行うべき行為とされています。AIが「エージェント」として自律的に振る舞う能力を持ったとしても、法的にはあくまで「プログラム医療機器(SaMD)」としての承認が必要であり、位置づけは「強力な支援ツール」に留まります。「AI Agent」という言葉は、技術的な自律性を指すものであり、法的責任能力を持つことを意味しません。
また、生成AI特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクは、医療において致命的です。画像に存在しない所見をでっち上げたり、左右を取り違えて記述したりするリスクはゼロではありません。したがって、日本の現場で導入する際は、「AIに任せきりにする」のではなく、「Human-in-the-Loop(人間が必ず介在するプロセス)」をワークフローに厳格に組み込むことが、安全性担保と心理的受容の両面で不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回のRSNAにおけるトレンドは、医療業界に限らず、日本企業が高度なAI活用を進める上で重要な示唆を含んでいます。
- タスク特化からプロセス完結へ:
AIの活用範囲を「特定作業の自動化(検出など)」から「一連の業務プロセスの代行(レポート作成まで)」へ広げる視点を持つべきです。これにより、業務効率化のインパクトが桁違いになります。 - 「エージェント」と「責任」の分離:
技術的には「エージェント」として自律動作が可能であっても、日本の商習慣や法規制上、最終責任者は必ず人間(専門家)であるという建付けを崩さない設計が必要です。 - 専門家との協働モデル(Co-Pilot)の構築:
専門知識を持つ人材が不足している日本において、AIエージェントは専門家を代替するのではなく、専門家がより高度な判断に集中するための「優秀な助手」として位置づけるのが、最も現実的かつ効果的な導入戦略です。
