映画『マネー・ショート』のモデルとしても知られる著名投資家スティーブ・アイズマン氏が、大規模言語モデル(LLM)の改善速度が徐々に鈍化するとの予測を示しました。本稿では、グローバルなAI投資フェーズの変化と、そこから読み取れる「ROI(投資対効果)」重視の潮流、そして日本企業が今とるべき実務的なスタンスについて解説します。
LLMの進化速度と「収穫逓減」の議論
著名投資家のスティーブ・アイズマン氏(Steve Eisman)は最近の発言で、大規模言語モデル(LLM)の技術的な改善速度が今後徐々に鈍化する可能性を指摘しました。しかし同時に、自身が保有するAI関連株を売却するつもりはないとも述べています。この発言は、現在のAI市場における重要な転換点を示唆しています。
これまでLLMは、データ量と計算資源を増やせば性能が向上するという「スケーリング則」に従い、驚異的な速度で進化してきました。しかし、アイズマン氏の指摘は、単にモデルを巨大化させるだけでは、従来ほどの劇的な性能向上(限界効用)が得られにくくなる「収穫逓減」のフェーズに入りつつあるのではないかという、一部の専門家の見解と共鳴するものです。
巨額投資に対する「リターン」への厳しい視線
アイズマン氏が提起したもう一つの重要な論点は、AIへの巨額投資に対するリターン(ROI)です。「AI支出に関する大きな疑問は、巨額の投資がどのようなリターンとコスト削減をもたらすかだ」と述べている通り、市場の関心は「AIで何ができるか(技術的驚き)」から、「AIでどれだけ儲かるか/コストが下がるか(実益)」へと急速にシフトしています。
グローバル企業、特にハイパースケーラー(巨大IT企業)はGPUやデータセンターに天文学的な投資を行っています。今後は、その投資に見合うだけの具体的な業務効率化や収益向上が実証されるフェーズに入ります。モデル自体の性能競争が落ち着きを見せる一方で、そのモデルをいかにビジネスプロセスに組み込み、実利を生み出すかという「実装力」が問われることになります。
日本企業のAI活用への示唆
LLMの進化速度が落ち着き、ROIが厳しく問われるようになるというトレンドは、実は日本企業にとって追い風となる側面があります。以下に、日本の実務者が意識すべきポイントを整理します。
1. モデルの「待ち」をやめ、実用化へ踏み切る好機
「数ヶ月後にGPT-5のような次世代モデルが出れば、今の課題は解決するかもしれない」という期待から、本格導入を先送りにする企業は少なくありません。しかし、モデルの進化速度が緩やかになるのであれば、現在利用可能なモデル(GPT-4oやClaude 3.5 Sonnetなど)を前提に、RAG(検索拡張生成)やファインチューニングを駆使して業務フローを固める方が得策です。技術の陳腐化リスクが下がるため、システム開発の意思決定がしやすくなります。
2. 「魔法」ではなく「計算可能な投資」として扱う
日本企業では、AI導入が目的化してしまい、費用対効果が曖昧なままPoC(概念実証)を繰り返す「PoC疲れ」が散見されます。グローバルの潮流同様、日本国内でも「業務時間の何%を削減できるか」「顧客対応単価をいくら下げられるか」といった具体的なKPI設定が必須となります。経営層に対しては、技術的な新奇性よりも、中長期的なコスト削減効果や労働力不足の解消といった、地に足のついたメリットを提示する必要があります。
3. ガバナンスとルールの固定化
モデルの挙動が安定し、急激なパラダイムシフトが頻発しなくなれば、企業内のAIガバナンスや利用ガイドラインも策定しやすくなります。日本の法規制や商習慣に合わせたプロンプトエンジニアリングの資産化や、ハルシネーション(もっともらしい嘘)対策の知見を組織内に蓄積する絶好のタイミングと言えます。
アイズマン氏がAI株を売却しない理由は、進化が鈍化したとしても、AIが社会インフラとして定着し、利益を生み出し続けると確信しているからでしょう。日本企業においても、過度な熱狂から冷めた今こそ、実務への着実な統合を進めるべきフェーズに来ています。
